「AIが700人分の仕事をした」Klarnaが、1年後に人間を再び雇い始めた理由
スウェーデンの決済企業Klarnaは2024年2月、AIチャットボットが従業員700人相当のカスタマーサポート業務をこなし、月間約230万件・全体の3分の2(Klarna公式発表の表現)の会話に対応していると発表した。しかし2025年5月、CEOはBloombergに「人間の対応が常にあることが、ブランドとして重要だ」と語り、人材の再雇用へ方針転換した。

目次
「AIが700人分の仕事をこなした」という、生成AIによる人員代替の代表例としてしばしば引用されるのが、スウェーデンの決済企業Klarnaのカスタマーサポート事例だ。だがこの事例には続きがある。この記事では、KlarnaのAI活用の経緯と、その後の方針転換を、Entrepreneur誌の記事(Bloombergのインタビューを引用する形で報じたもの)で確認した。
3行まとめ
- Klarnaは2024年2月、自社のAIアシスタントが従業員700人相当の業務をこなし、月間約230万件の会話に対応したと発表した。Klarna公式発表は割合を「3分の2(約66.7%)」と表現しているが、その後広まった報道の一部(Entrepreneur誌など)は「75%」という数字で紹介している
- 同社は2024年末、人員をAIに置き換える方針のもと1年間の採用凍結を実施し、その結果、従業員数は自然減も含めて22%減の3,500人になったとCEOが明らかにした
- 2025年5月、CEOのセバスチャン・シェミアトコウスキー氏はBloombergに、人間のカスタマーサポートを再び採用すると語った。「AIチャットボットは人件費より安いが、品質が『劣る』結果になった」というのが同氏の説明である
2024年2月:「700人相当」の発表
Klarna自身の公式プレスリリース(2024年2月27日、ニューヨーク発)をcurlで直接取得すると、この発表の原文と、Entrepreneur誌の記事だけでは分からなかった詳細な数字が確認できた。
| 指標 | Klarna公式発表の数値 |
|---|---|
| 稼働期間 | グローバル展開から1ヶ月 |
| 会話数 | 230万件 |
| 全体に占める割合 | 「3分の2(two-thirds)」=約66.7% |
| 人員換算 | フルタイム従業員700人相当の業務量 |
| 顧客満足度 | 人間の担当者と同水準(on par) |
| 再問い合わせ率 | 25%減少(エラー解決の精度向上による) |
| 解決までの時間 | 平均11分→2分未満に短縮 |
| 対応市場・言語 | 23市場、24時間365日、35以上の言語 |
| 2024年の見込み利益改善額 | 4,000万米ドル |
| 技術提供元 | OpenAI(プレスリリースにOpenAI COOブラッド・ライトキャップ氏のコメントも掲載) |
(数値はKlarna公式プレスリリース本文の記載をそのまま表にしたもの。)
ここで気づいた点がある。Klarna自身の発表文は「two-thirds(3分の2、約66.7%)」という表現を使っているのに対し、この記事が主に参照したEntrepreneur誌の記事、および巷でよく引用される要約は「75%」という数字を使っている。3分の2と75%は近い数字ではあるが、同じ値ではない。この記事では、どちらの数字がその後により広く流通したかまでは検証していないが、一次資料であるKlarna自身の発表文に基づけば、正確な割合は「3分の2(約66.7%)」である。
一方でEntrepreneur誌の記事は、The Pragmatic Engineerの著者Gergely Orosz氏が2024年2月にX(旧Twitter)で行った独自テストにも触れている。Orosz氏によれば、実際にKlarnaのAIチャットボットを試したところ、「基本的に、人間のカスタマーサポート担当者にたどり着くためのフィルターとして機能していた」という。Entrepreneur誌が使う「会話の75%に対応した」という数字(Klarna公式発表の表現は「3分の2」)と、実際の利用体験には評価の差があったことがうかがえる。
2024年5月:全社的なAI活用を誇示していた時期
「700人相当」発表の3ヶ月後、Klarnaは今度は社内向けのAI活用実績を発表している。公式プレスリリース(2024年5月14日、ベルリン発、curlで取得・確認)によると、この時点でKlarna従業員の87%(見出しでは「9割」と表現)が日常業務で生成AIを利用しており、社内向けAIアシスタント「Kiki」(OpenAIのLLMを使用、2023年6月開始)は全従業員の85%が使用、1日あたり2,000件・累計25万件以上の質問に回答してきたという。非技術部門でも、広報チーム93%・マーケティング88%・法務86%という高い採用率が明記されている。
同リリースでCEOのシェミアトコウスキー氏は「私たちは全員に、試して、試して、試して、探求するよう働きかけている(We push everyone to test, test, test and explore)」とコメント。広報責任者のFilippa Bolz氏は、ChatGPTを使った自社報道のセンチメント分析について「メディアモニタリング企業は少なくとも15年間、センチメント分析の自動化を試みてきたが、目隠しをした猿にダーツを投げさせた方がまだましな結果になることが多かった」と評している。この時点のKlarnaは、AI活用を採用でも顧客対応でも全面的に押し出す姿勢を鮮明にしていた。
2024年12月:採用凍結、従業員22%減
Entrepreneur誌の記事によれば、Klarnaは2024年12月時点で、その1年前からAIによる人員置き換えを見据えた採用凍結を実施していたことが明らかになっている。同社の従業員数は、主に自然減(離職による欠員を補充しない)によって、この期間で22%減少し3,500人になったと、シェミアトコウスキー氏本人が当時明らかにしたという。同氏は当時、退職していく従業員の穴を埋めるためにAIを活用するよう、残る社員に求めていたとも記事は伝えている。
2025年5月:人間の再雇用へ方針転換
そして2025年5月、状況は転換する。記事はBloombergのインタビューを引用し、シェミアトコウスキー氏の発言をこう紹介している。
「シェミアトコウスキー氏(43歳)は木曜日、Bloombergに対し、Klarnaが必要な場合には常に人間の対応を得られるようにするため、再び人間の従業員を雇っていると語った」
「『ブランドの観点から、会社の観点から、望むなら必ず人間がいるということを顧客に明確にすることが、とても重要だと思う』とシェミアトコウスキー氏は同メディアに語った」
同じ月に出た決算発表は、真逆のことを強調していた
このBloombergインタビュー(Entrepreneur誌の報道は2025年5月9日付)から10日後、Klarnaは2025年5月19日付でQ1 2025決算の公式プレスリリースを発表している(curlで取得・確認)。そこでは、人間の再雇用にはまったく触れず、むしろAI活用の成果を前面に押し出す内容になっている。
「2022年以降、Klarnaは人員を約40%削減する一方、技術系従業員の比率を2022年の36%から2025年第1四半期には52%まで引き上げた。従業員の96%が日常的にAIを利用しており、これが2023年第1四半期比152%の従業員1人当たり収益増加を牽引し、Klarnaは従業員1人当たり収益100万ドルの達成に向かっている。AIは全社的にコストを削減しており、とりわけ顧客対応分野で顕著で、取引あたりのコストは2023年第1四半期比40%低下した一方、顧客満足度の水準は維持している。」
つまり、CEO本人が「AIチャットボットの品質は劣る結果になった」とBloombergに認めたのとほぼ同じ時期に、投資家向けの公式発表では「顧客対応コストを40%削減しながら顧客満足度を維持した」という、AI活用の成功を強調するメッセージを出していたことになる。両者は矛盾する主張ではなく、対象読者が異なる(消費者向けブランディング vs. 投資家向けIR)ため強調点が違うと解釈することもできるが、少なくとも「Klarnaが人間の再雇用に舵を切った」という事実は、この決算発表の文言には一切反映されていない。
同氏はさらに、AIチャットボットは人件費よりも安価だったものの、その結果は「品質が低い(lower quality)」ものだったとBloombergに認めたと記事は伝えている。「本当のところ、人的サポートの質に投資することこそが、私たちにとっての未来のあり方だ」という発言も引用されている。
新たな採用では、学生・地方在住者・Klarnaの熱心なユーザー層をターゲットに募集をかけており、募集する職種は完全リモート("The roles are fully remote.")だと書かれている。Entrepreneur誌の記事から確認できるのはここまでで、雇用形態(正社員か業務委託か、勤務時間の裁量があるか)については記載がない。「AI導入前の体制にそのまま戻す」のか、働き方を変えた上で再雇用しているのかは、この出典からは判断できない。
実際に何人を再雇用したかは、この記事では追跡していない
まず、この記事はEntrepreneur誌の記事を通じて、Bloombergのインタビュー内容を確認したものである。Bloomberg原文そのもの(bloomberg.com)は今回のセッションでも403エラーでアクセスできず、Entrepreneur誌による引用・要約の範囲での確認にとどまる。
次に、「AIチャットボットの品質が劣る結果になった」というのはシェミアトコウスキー氏本人の評価であり、具体的にどのような指標(顧客満足度、解決率、返品率など)でその劣化を測ったのかは、この記事では確認できていない。皮肉なことに、2024年2月時点のKlarna公式発表では「顧客満足度は人間の担当者と同水準」と説明されており、2025年5月の「品質が劣る」という評価とは正反対の内容になっている。この変化がいつ・何を境に生じたのかは、今回確認した2つの資料の間では説明されていない。
また、2024年2月の「700人相当」という発表自体の算出根拠(どのような計算式で従業員換算をしたか)は、Klarna公式プレスリリースを確認しても具体的な計算式までは記載がなく、この記事では検証できていない。あくまでKlarna自身が発表した数字として扱っている。「2024年に4,000万米ドルの利益改善」という見込み額についても、実績としての事後検証は今回のセッションでは確認していない。
さらに、このAIアシスタントはOpenAIの技術を使ったものであり、2024年のプレスリリースにはOpenAI自身のCOOのコメントも掲載されている。技術提供元であるOpenAIが自社の宣伝も兼ねてこの発表に関与している可能性があり、数字の解釈にあたってはこの利害関係も踏まえておく必要がある。
最後に、2025年5月のこの方針転換以降、Klarnaが実際に何人の人間を再雇用したか、そのカスタマーサポート全体に占める人間対応の比率がどう変化したかについては、今回のセッションでは追跡していない。2025年5月時点での「方針転換の発表」までしか確認できていない。
関連記事
出典・参照資料
- 二次資料Klarna Is Hiring Customer Service Agents After AI Couldn't Cut It on Calls, According to the Company's CEO — Entrepreneur(2025年5月9日、Bloombergのインタビューを引用) ↗
- 二次資料Klarna AI assistant handles two-thirds of customer service chats in its first month — Klarna公式プレスリリース(2024年2月27日) ↗
- 二次資料90% of Klarna staff are using AI daily - game changer for productivity — Klarna公式プレスリリース(2024年5月14日) ↗
- 二次資料Klarna accelerates global momentum in Q1 2025 — Klarna公式Q1 2025決算プレスリリース(2025年5月19日) ↗
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