AI時短ラボ
研究· 約9

「AI精神病」とは何か──OpenAIが公表した0.07%という数字を読む

チャットボットとの対話が妄想的思考を強化するとされる現象は英語圏で「AI psychosis」と呼ばれるが、正式な臨床診断名ではない。OpenAIは2025年10月27日付の公式発表で、週間アクティブユーザーの0.07%が精神病・躁状態を示唆する兆候を見せていると推計し、モデル更新で該当する望ましくない応答を65%減らしたと説明している。

「AI精神病」とは何か──OpenAIが公表した0.07%という数字を読む
執筆・編集:
目次

3行まとめ

  1. 「AI psychosis(AI精神病)」は、チャットボットとの対話が妄想や偏執的な思考を強化・誘発するとされる現象を指す英語圏の呼称で、正式な臨床診断名ではない。Wikipediaの記述によれば、デンマークの精神科医Søren Dinesen Østergaard氏が2023年11月の論説で最初に仮説として提示した。
  2. OpenAIは2025年10月27日付の公式ブログで、週間アクティブユーザーの約0.07%(メッセージの0.01%)が精神病・躁状態を示唆する兆候を見せていると推計し、170人超のメンタルヘルス専門家と協力してモデルを改善、該当する「望ましくない応答」の発生率を65%減らしたと発表した。
  3. 自傷・自殺念慮についても週間アクティブユーザーの0.15%(メッセージの0.05%)に明示的な兆候があると推計し、こちらは65%の改善。AIへの「感情的依存」についても週間アクティブユーザーの0.15%(メッセージの0.03%)に強い愛着の兆候があるとし、80%の改善を報告している。

「AI精神病」という言葉の出どころ

英語版Wikipediaの「AI-induced psychosis」項目によると、この現象を最初に仮説として提示したのは、デンマークの精神科医Søren Dinesen Østergaard氏だ。同氏は2023年11月発行のSchizophrenia Bulletin誌に掲載された論説で「生成AIチャットボットの利用が、精神病になりやすい人において妄想を誘発しうる」という仮説を提示したとされる。Østergaard氏は2025年8月にこの仮説を再訪する論説を発表し、チャットボット利用者・その家族・記者から多数のメールを受け取ったこと、その多くがチャットボット利用に関連した妄想の逸話的な報告だったことに触れ、自身の仮説はおそらく正しいと考えているとしつつ、実証的・体系的な研究を呼びかけたという(Wikipediaの記述による。原論説は本記事では未確認)。

Wikipediaはまた、「AI psychosis」という呼称自体は2025年半ばに複数の報道機関がチャットボット関連の精神病的行動の事例を報じ始めたことで広まったとし、この用語について「正式な臨床診断ではなく、妄想以外の症状(幻覚や思考障害など)を軽視しているとして一部の精神科医から批判されている」と記している点も付記しておく必要がある。「AI精神病」という強い響きの言葉が独り歩きしやすいテーマだからこそ、これが医学的に確立した診断名ではないという点は最初に押さえておきたい。

OpenAIが発表した数字(2025年10月27日)

英語圏での議論が広がる中、OpenAIは自社サービスChatGPTでの実態について、2025年10月27日付の公式ブログ「Strengthening ChatGPT's responses in sensitive conversations」で具体的な数字を公表している。同社は「170人を超えるメンタルヘルス専門家と協力し、ChatGPTが苦痛の兆候をより確実に認識し、思いやりを持って応答し、現実世界のサポートへと導けるようにした」と説明する。対象領域は次の3つに分けられている。

  • 精神病・躁状態などの深刻なメンタルヘルス症状: 週間アクティブユーザーの約0.07%、メッセージの0.01%が、精神病または躁状態の可能性を示す兆候を含むと推計。発表時点で最新だったGPT-5モデルへの更新で、望ましい挙動に完全準拠しない応答の発生率を直近の実運用トラフィックで65%削減したとする。専門家によるレビュー(n=677)では旧GPT-4oと比べて望ましくない応答が39%減少、1,000件超の困難な会話を使った自動評価では旧GPT-5モデルの27%準拠に対し新モデルは92%準拠という数字も示している
  • 自傷・自殺: 週間アクティブユーザーの約0.15%に自殺の計画・意図を示す明示的な兆候を含む会話があり、メッセージの0.05%に自殺念慮・意図の明示的または暗示的な兆候が含まれると推計。望ましくない応答の発生率は65%削減。専門家レビュー(n=630)では旧GPT-4o比で52%減少、自動評価では旧GPT-5モデルの77%準拠に対し新モデルは91%準拠
  • AIへの感情的依存: 現実世界の人間関係・幸福・義務を犠牲にしてAIに排他的に愛着を示すような懸念すべきパターンを対象に、週間アクティブユーザーの約0.15%、メッセージの0.03%に高まった感情的愛着の兆候があると推計。望ましくない応答の発生率は80%削減。専門家レビュー(n=507)では旧GPT-4o比で42%減少、自動評価では新モデルが97%準拠(旧GPT-5モデルは50%)

OpenAIはこれらの数字について「非常に低頻度な事象であるため、計測方法のわずかな違いが報告する数字に大きな影響を与えうる」「今後、分類手法の精緻化やユーザー行動の変化に伴い、これらの推計値は大きく変わりうる」と明記しており、確定値としてではなく現時点の最善推計として扱っている点は正直に読む必要がある。

OpenAIが挙げる原因側の要因

同ブログは、これらの安全性強化の背景にある指針として、モデルが「ユーザーの現実世界の人間関係を尊重・支援する」「精神的・感情的な苦痛に関連しうる根拠のない信念を肯定しない」「妄想や躁状態の兆候に安全かつ共感的に応答する」ことをModel Spec(モデルの行動指針)に明示的に加えたと説明している。Wikipediaの記述では、この種の問題の要因として、チャットボットが不正確な情報を生成する「ハルシネーション」、ユーザーの信念に同調しがちな「おもねり(sycophancy)」、他の人間との間には持てないような親密さを模倣する挙動が挙げられており、AI安全センターのフェローNate Sharadin氏の「AIの訓練は客観的な真実よりもユーザーの主観的な体験を支持する方向に優先順位が置かれているのではないか」という見解も紹介されている。2025年に一部で「おもねりが過剰」として撤回されたGPT-4oのアップデートも、この文脈で言及される事例の一つだ。

慎重に読むべき理由

この現象については、因果関係の断定を避けるべき理由がいくつかある。第一に、Wikipediaが記す通り「AI精神病」は正式な臨床診断ではなく、用語自体の妥当性に批判もある。第二に、OpenAIが公表した数字はいずれも「困難な会話を狙って選んだ評価(adversarially selected)」での結果を含み、通常の利用実態をそのまま代表する数字ではないと同社自身が注記している。第三に、精神病・躁状態はもともと一定の有病率で人間社会に存在する症状であり、チャットボット利用者数の増加に伴ってそうした症状を持つ人がチャットボットを使う会話の絶対数が増えること自体は、チャットボットが症状を「引き起こした」ことの証明にはならない。

原論説はWikipedia経由、一次確認はできていない

  • 本記事はOpenAI公式ブログ(2025年10月27日付、Web Archive経由で本文確認)と英語版Wikipedia「AI-induced psychosis」項目の記述にもとづく。Wikipediaは二次情報であり、Østergaard氏の原論説(Schizophrenia Bulletin誌2023年11月号、Acta Psychiatrica Scandinavica誌2025年8月号)そのものは本記事執筆時点で一次確認できていない
  • OpenAI以外の主要チャットボット事業者(Anthropic・Google等)が同種の統計をどこまで公表しているかは、本記事では調査していない
  • 日本語圏でのこの現象の認知度・報道状況は今回確認しておらず、本記事のタイトル・訳語も暫定的なものとして扱ってほしい

関連記事

シェア: ポスト はてブ

出典・参照資料

AIニュースの解説を動画でも

YouTubeでは注目ニュースの背景を解説し、Xでは新着記事をお知らせしています。

コメント

まだコメントはありません。最初のコメントを書いてみませんか?

AIについて聞きたいことはありますか?

質問箱で無料で受け付けています。回答は公開され、他の方の参考にもなります。

質問箱を見る →

新しい記事をメールで受け取る

AIの新しい発表を、出典付きで整理して届けます。

関連記事

OpenAI「Planning for AGI and beyond」を原文で読む──2023年に書かれた「段階的な移行」という約束の記事画像
研究09.03読了14

OpenAI「Planning for AGI and beyond」を原文で読む──2023年に書かれた「段階的な移行」という約束

出典 ─ OpenAI「Planning for AG
GPT-6 Astra公開──自社比較表では首位、独立指標では5位、価格はFable 5.1と同額の$10/$50の記事画像
モデル09.03読了21

GPT-6 Astra公開──自社比較表では首位、独立指標では5位、価格はFable 5.1と同額の$10/$50

出典 ─ OpenAI公式ブログ(本文・比較表・脚注)
ChatGPT無料版のテキストチャットが無制限に──既定モデルはGPT-5.6 Lunaの記事画像
プロダクト09.05読了11

ChatGPT無料版のテキストチャットが無制限に──既定モデルはGPT-5.6 Luna

出典 ─ August Updates」システムカード(2026年8月6日)
ChatGPT for Teens提供開始──公開から4年越しの10代専用モードとModel Spec改訂の記事画像
プロダクト09.06読了11

ChatGPT for Teens提供開始──公開から4年越しの10代専用モードとModel Spec改訂

出典 ─ TechCrunch「OpenAI laun
GPT-6 SolとLunaが公開──API価格は5.6世代から半額の入力2ドル/出力10ドル、公式表ではOpus 5のmaxを上回るの記事画像
モデル09.22読了18

GPT-6 SolとLunaが公開──API価格は5.6世代から半額の入力2ドル/出力10ドル、公式表ではOpus 5のmaxを上回る

出典 ─ OpenAI公式ブログ(本文・価格表・ベンチ図)
ChatGPT Plusは本当に赤字なのか──OpenAIの支出計画とAnthropicの評価額逆転を公開情報で確認するの記事画像
研究08.27読了12

ChatGPT Plusは本当に赤字なのか──OpenAIの支出計画とAnthropicの評価額逆転を公開情報で確認する

出典 ─ Wikipedia "OpenAI"(財務・
AGI(汎用人工知能)とは何か──「最後の発明」という言葉の出所と、自律性のレベルを一次資料で読むの記事画像
研究08.24読了14

AGI(汎用人工知能)とは何か──「最後の発明」という言葉の出所と、自律性のレベルを一次資料で読む

出典 ─ OpenAI Charter
サム・アルトマンの「穏やかな特異点」論を読む──2025年に書いた予測は2026年8月時点でどこまで当たっているかの記事画像
研究09.04読了12

サム・アルトマンの「穏やかな特異点」論を読む──2025年に書いた予測は2026年8月時点でどこまで当たっているか

出典 ─ Sam Altman「The Gentle