イラストレーターは「低リスク」判定だったのに減っていた──米国BLS統計とNRIリストを突き合わせる
「イラストレーターはAIで消える」という言説の一次ソースは特定できなかった。Frey&Osborne(2013)論文でイラストレーターを含む区分(ファインアーティスト)の計算機化確率は0.042、702職業中もっとも低いグループに入る。だが米国BLS統計では、この区分は2013年から2023年で9%減っていた。

目次
AIイラストと絵師の共存については別記事で著作権・防御ツール・pixivのポリシーといった観点から扱っている。この記事では切り口を変え、「イラストレーターはAIでなくなる」という言説の一次ソースを探したうえで、Frey&Osborne(2013)論文の分類と、対応する米国の職業統計を数え直した。
3行まとめ
- 「イラストレーターはAIでなくなる」と最初に言い出した単一の一次ソースは、今回のセッションでは特定できなかった
- Frey&Osborne(2013)論文で、イラストレーターを含む米国の職業区分「Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators」の計算機化確率は0.042。702職業中131位で、確率がもっとも低い(自動化されにくい)1位は0.0028のレクリエーション療法士
- ところがBLS統計の実測では、この区分の雇用者数は2013年5月の11,980人から2023年5月には10,910人へ、10年で約9%減っていた。「低リスク」判定だった職業が減少している、予測と逆方向の数少ない例のひとつ
NRIのリストには、実は載っていない
野村総研(NRI)とオックスフォード大学の2015年リストの「代替可能性が低い100種の職業」を実際に読み直すと、グラフィックデザイナー・インテリアデザイナー・工業デザイナー・ファッションデザイナー・ジュエリーデザイナー・ディスプレイデザイナーという6つのデザイナー系職業と、映画カメラマン・商業カメラマン・テレビカメラマン・報道カメラマンという4つのカメラマン系職業は実名で載っているが、「イラストレーター」という職業名そのものは、高い側・低い側どちらのリストにも見当たらない。今回、両リストの全100件ずつを目視で確認したが、「イラストレーター」の文字列は見つからなかった。日本の「イラストレーター」に相当する職業がNRIの労働政策研究・研修機構の職業分類にそもそも存在しない可能性がある。
したがって、この記事は日本側のNRIリストではなく、米国側のFrey&Osborne(2013)論文とBLS統計を中心に扱う。
Frey&Osborne論文での分類と確率
Frey&Osborne(2013)論文の付録リストで、イラストレーターに近い米国の職業区分は「Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators」(画家・彫刻家・イラストレーターを含む区分)である。この職業の計算機化確率は0.042、論文の702職業の順位表では131位(1位に近いほど自動化されにくい)である。もっとも自動化されにくいとされたのは1位のレクリエーション療法士(0.0028)で、130の職業がFine Artistsより低い確率とされている。作家・著述家(Writers and Authors、0.038・123位)よりはわずかに確率が高く、順位で見ると全体の上位2割弱に入る水準にとどまる。
論文本文のランキング表で前後・関連職種を確認した
Frey&Osborne(2013)論文の付録には、702職業すべての順位表がある。この記事のために、PDF本文を直接確認し、Fine Artists(131位・0.042)の前後の順位と、関連する視覚系職業の数字を突き合わせた。
| 順位 | 職業 | 計算機化確率 |
|---|---|---|
| 68位 | Multimedia Artists and Animators(マルチメディアアーティスト・アニメーター) | 0.015 |
| 91位 | Photographers(写真家) | 0.021 |
| 119位 | Commercial and Industrial Designers(商業・工業デザイナー) | 0.037 |
| 123位 | Writers and Authors(作家・著述家) | 0.038 |
| 130位 | Software Developers, Applications(アプリケーションソフト開発者) | 0.042 |
| 131位 | Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators | 0.042 |
| 161位 | Graphic Designers(グラフィックデザイナー) | 0.082 |
順位表を直接確認すると、Fine Artists(0.042)は130位のSoftware Developers, Applications(アプリケーションソフト開発者、同じく0.042)と全く同じ確率で並んでいた。一方、同じ視覚系職業であるGraphic Designers(0.082・161位)は、Fine Artistsのおよそ2倍の確率で、より「自動化されやすい」側に位置づけられていた。2013年の論文の枠組みでは、絵を描く職業の中でも「ファインアート・イラストレーション寄り」と「グラフィックデザイン寄り」で、リスク評価に倍近い開きがあったことになる。
実測は、9%減っていた
対応する米国の職業統計を、BLSの職業別雇用統計からWayback Machine経由で取得した。
Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators(SOC 27-1013)
「低リスク」と予測された職業のはずが、実測では微減している。これは、今回このシリーズで確認した20職業前後の中でも、予測と実測が逆方向に動いた数少ない例のひとつだ(他の「高リスク」職業の一部が予測に反して増加していたのとは逆のパターン)。ただし9%という減少幅自体は、電話交換手(-63%)や校正者(-51%)のような急減ではなく、緩やかな減少にとどまる。
なお、この職業区分は「画家」「彫刻家」「イラストレーター」を一括りにした広い分類であり、イラストレーターだけを取り出した数字ではない。イラストレーターの割合がこの区分内で増えているのか減っているのかは、この統計だけでは分からない。
同じBLS OEWSページには賃金データも載っており、雇用者数が減る一方で、名目賃金は上がっていた。2013年5月時点の平均年収は50,900ドル・中央値年収は42,610ドルだったのに対し、2023年5月時点では平均年収71,420ドル・中央値年収59,300ドルまで上昇している。これはインフレ調整前の名目額であり、実質的な購買力の変化をこの記事で計算したわけではないが、「雇用者数は減ったが、残った人の名目賃金は上がった」という組み合わせが、この10年間のデータには表れている。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| Frey&Osborne(2013) 計算機化確率 | 0.042(702職業中131位) | Oxford Martin論文付録 |
| BLS雇用者数(2013年5月) | 11,980人 | BLS OEWS(Wayback) |
| BLS雇用者数(2023年5月) | 10,910人 | BLS OEWS(Wayback) |
| BLS 10年増減率 | -8.9% | 上記2点から算出 |
| BLS 平均年収(2013年5月) | 50,900ドル | BLS OEWS(Wayback) |
| BLS 平均年収(2023年5月) | 71,420ドル | BLS OEWS(Wayback) |
| BLS 中央値年収(2013年5月) | 42,610ドル | BLS OEWS(Wayback) |
| BLS 中央値年収(2023年5月) | 59,300ドル | BLS OEWS(Wayback) |
| O*NET雇用者数(2024年) | 26,500人 | O*NET OnLine |
| O*NET 予測増減率(2024〜2034年) | 「Decline (-1%以下)」 | O*NET OnLine |
| O*NET 予測求人数(2024〜2034年) | 2,200人 | O*NET OnLine |
ONET OnLineの27-1013.00ページでは、2024年の雇用者数は26,500人とされている。これはBLS OEWSの2023年5月時点10,910人の2倍以上で、校正者の記事で確認したのと同じ種類の食い違いが、この職業区分でも起きている。2024〜2034年の予測増減率も「Decline (-1% or lower)」——ONETの5段階区分でもっとも緩やかな縮小カテゴリ——で、予測求人数は2,200件。実測の9%減という緩やかな下降とは、方向性としては近い(どちらも「微減」)ものの、O*NETとBLS OEWSの雇用者数そのものが一致しない以上、この2つの数字を単純に足し引きして語ることはできない。
「イラストレーターはAIでなくなる」と誰が言ったか
この言説の震源を探すため、Google News RSSと通常のWeb検索を試したが、単一の著名な発言や論文を特定することはできなかった。むしろ、しばしば引き合いに出されるのはGetty ImagesがStability AIを著作権侵害で訴えた訴訟(2023年に提訴)だが、この訴状・判決原文そのものは今回のセッションでは確認しておらず、朝日新聞などの二次報道の見出しレベルでの把握にとどまる。したがって「Getty対Stability AI訴訟が震源だ」と断定することもできない。
「イラストレーターはAIで消える」の一次ソースは見つからなかった
まず、「イラストレーターはAIでなくなる」という言説の一次ソースは、今回のセッションでは特定できなかった。これは網羅的な調査の結果ではなく、限られた手段での「見つからなかった」という報告である。
次に、この記事で扱ったFine Artists区分(SOC 27-1013)は、画家・彫刻家・イラストレーターを一括りにした広い分類であり、イラストレーターという職業単独の増減を示すものではない。区分内の構成比の変化までは分からない。
また、Getty Images対Stability AI訴訟については、訴状・判決の原文を今回確認していない。この記事はその訴訟の中身について何も判断していない。
最後に、この記事が扱った統計期間(2013〜2023年)は、生成AI画像ツール(Midjourney、Stable Diffusion等)が本格的に普及する前後の境目にあたる。2023年以降の推移は、今回のセッションでは確認できていない。
関連記事
出典・参照資料
- 二次資料The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerisation? — Carl Benedikt Frey & Michael A. Osborne, Oxford Martin School(2013年9月17日) ↗
- 二次資料日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に(野村総合研究所プレスリリース・2015年12月2日/Wayback Machine保存版) ↗
- 二次資料BLS Occupational Employment and Wage Statistics — Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators (SOC 27-1013), May 2013(Wayback Machine保存版) ↗
- 二次資料BLS Occupational Employment and Wage Statistics — Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators (SOC 27-1013), May 2023(Wayback Machine保存版) ↗
- 二次資料O*NET OnLine — Summary Report for 27-1013.00 Fine Artists, Including Painters, Sculptors, and Illustrators ↗
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