「AIで3億人分の仕事」の原文を読む──ゴールドマン・サックスの2023年レポートは何を計算したか
「生成AIで3億人分の仕事が影響を受ける」という数字の出どころ、ゴールドマン・サックスのレポート原文(2023年3月26日付)をPDFで開いて確認した。原文は「自動化に晒される(exposed)」という表現を使っており、「失われる」とは書いていない。雇用喪失は歴史的に新規雇用創出で相殺されてきたという但し書きも本文にある。

目次
「生成AIで世界の3億人分の仕事が失われる」という言い回しを見かけることがある。震源はゴールドマン・サックスが2023年3月26日に発表したレポート「The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth」(著者:Joseph Briggs、Devesh Kodnani他)だ。このレポートのPDF原文をcurlで取得し、実際に何が書かれているかを確認した。
3行まとめ
- レポート原文は「世界で3億人相当のフルタイム職が自動化に『晒される(exposed)』可能性がある」と書いており、「失われる(lost)」とは書いていない
- 原文は「米国・欧州の職業タスクデータを使うと、現在の職業のおよそ3分の2が何らかの程度でAI自動化に晒されており、生成AIは現在の業務の最大4分の1を代替しうる」と述べている
- レポートは同時に「自動化による労働者の置き換えは、歴史的に新しい職業の創出によって相殺されてきた」と明記し、生成AIが年間の世界GDPを最終的に7%(約7兆ドル)押し上げる可能性があるという、雇用喪失とは別の生産性向上の推計も併記している
レポート原文を確認する
https://www.gspublishing.com/content/research/en/reports/2023/03/27/d64e052b-0f6e-45d7-967b-d7be35fabd16.pdfをcurl -sL -A "Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_15_7)"で取得し、pdftotextでテキスト化して通読した。レポートの日付は2023年3月26日午後9時05分(EDT)、著者はJan Hatzius氏、Joseph Briggs氏、Devesh Kodnani氏、Giovanni Pierdomenico氏の4名で、いずれもGoldman Sachsのエコノミストである。
冒頭の要旨には、こう書かれている。
"Using data on occupational tasks in both the US and Europe, we find that roughly two-thirds of current jobs are exposed to some degree of AI automation, and that generative AI could substitute up to one-fourth of current work. Extrapolating our estimates globally suggests that generative AI could expose the equivalent of 300mn full-time jobs to automation."
日本語で要約すると「米国・欧州の職業タスクデータを使うと、現在の職業のおよそ3分の2が何らかの程度のAI自動化に晒されており、生成AIは現在の業務の最大4分の1を代替しうる。この推計を世界全体に当てはめると、生成AIは3億人相当のフルタイム職を自動化に晒す可能性がある」となる。
ここで使われている動詞は "exposed"(晒されている)であり、"lost"(失われた)や "eliminated"(消滅する)ではない。「3億人分の仕事が失われる」という要約は、原文の「automation に exposed(晒される)」という限定的な表現を、より強い言葉に置き換えたものだと言える。
「相殺されてきた」という但し書き
レポートは同じ要旨の中で、こう続けている。
"The good news is that worker displacement from automation has historically been offset by creation of new jobs, and the emergence of new occupations following technological innovations accounts for the vast majority of long-run employment growth."
日本語で言えば「良いニュースは、自動化による労働者の置き換えは、歴史的に新しい職業の創出によって相殺されてきたということだ。技術革新に続く新しい職業の出現が、長期的な雇用成長の大部分を占めている」という一文である。「3億人」という数字だけが独り歩きする形で紹介される場合、この但し書きが省かれていることが多い。
Goldman Sachs自身の解説記事が挙げる具体例
PDFレポート本文とは別に、Goldman Sachsは同じ2023年4月5日付で、レポートの内容を一般向けに解説する記事(goldmansachs.com/insights/articles/generative-ai-could-raise-global-gdp-by-7-percent)を公式サイトに公開している。この記事はJoseph Briggs氏本人が出演する解説動画も併載しており、curlで本文を確認すると、PDFレポートには無い具体的な事例が書かれていた。
"Although the impact of AI on the labor market is likely to be significant, most jobs and industries are only partially exposed to automation and are thus more likely to be complemented rather than substituted by AI" (訳)「AIが労働市場に与える影響は大きくなりそうだが、大半の仕事・産業は部分的にしか自動化に晒されておらず、AIによって代替されるよりも補完される可能性のほうが高い」
この記事はさらに、過去のIT技術革新が生み出した新しい職業の具体例として「Webデザイナー、ソフトウェア開発者、デジタルマーケティング専門職」を挙げ、こうした新規雇用による所得の増加が、間接的に医療・教育・飲食サービス業など他業種の労働需要も押し上げてきたという「波及効果」にも触れている。
「新しい職業が雇用成長の大半を占める」という根拠論文を辿る
Goldman Sachsの記事は、この「相殺」の根拠として「経済学者David Autorらによる最近の研究では、現在の労働者の60%は1940年時点で存在しなかった職業に就いていることが分かった。これは、過去80年間の雇用成長の85%以上が、技術主導の新規職業創出によって説明されることを意味する」と述べ、具体的な学術論文を引用している。
引用元をNBER(全米経済研究所)で確認すると、該当するのは"New Frontiers: The Origins and Content of New Work, 1940–2018"(David Autor、Caroline Chin、Anna M. Salomons、Bryan Seegmiller、NBER Working Paper 30389、2022年8月)だと分かった。論文の要旨をcurlで取得すると、こう書かれている。
"We find, first, that the majority of current employment is in new job specialties introduced after 1940, but the locus of new work creation has shifted—from middle-paid production and clerical occupations over 1940–1980, to high-paid professional and, secondarily, low-paid services since 1980."
(訳)「まず、現在の雇用の大半は1940年以降に導入された新しい職業専門分野にあることが分かった。ただし新規雇用創出の中心は、1940〜1980年の中所得の生産職・事務職から、1980年以降は高所得の専門職、次いで低所得のサービス業へとシフトしている」
つまりGoldman Sachsのレポートが「良いニュース」として挙げる「新規雇用による相殺」という主張は、単なる楽観的な一般論ではなく、具体的な学術論文(NBER Working Paper 30389)に基づいている。ただし同論文の要旨は同時に、「新規雇用創出の中心が、中所得の職から高所得または低所得の職へとシフトしている」とも指摘しており、相殺が起きるとしても、失われる職と新たに生まれる職の間で、賃金水準の分布が一致するとは限らない、というニュアンスも含んでいる点は付け加えておきたい。
GDP7%という、もうひとつの推計
レポートは雇用へのインパクトと並行して、生産性・経済成長への影響も試算している。
"We estimate that AI could eventually increase annual global GDP by 7%."
生成AIが最終的に世界の年間GDPを7%(約7兆ドル)押し上げる可能性がある、という推計だ。またレポートは、生成AIの普及によって米国の年間労働生産性成長率が、10年間でおよそ1.5ポイント押し上げられる可能性があるとも述べている。ただし、レポート自身が「AIの能力・タスク実行難度・実際に自動化される職の数によって、この押し上げ幅はもっと小さくも大きくもなりうる」と限定を付けている。
「3分の2」「4分の1」はどう算出されたか──本文の手法説明を読む
PDFをpdftotextで全文テキスト化し、要旨の先だけでなく本文の"The Future of Work: Substitute Sometimes, Complement Often"という章も確認した。算出方法は次の通り説明されている。
- 米国の職業タスクデータベース「O*NET」(900職業以上を収録)と、欧州の「ESCO」データベース(2,000職業以上に拡張)を使い、職業・産業別に「AIによる労働節約型自動化に晒される業務の割合」を推計
- O*NETが定義する39種類の職務活動のうち、生成AIの想定される用途に関する既存文献のレビューに基づいて13種類を「AI自動化に晒される」activityとして分類
- ベースケースでは、AIがO*NETの7段階の「難易度(level)」スケールのうちレベル4までのタスクを完了できると仮定
- 職業ごとに、重要度・複雑さで重み付けした主要業務の平均を取り、その職業の全業務量のうちAIが代替しうる割合を推計
- 労働時間の大半を屋外や肉体労働に費やす職業は、AIによる自動化の対象から除外
そのうえで、米国のOccupational Employment and Wage Survey(OEWS)の雇用者数で重み付けし、産業レベルに集計した結果が本文に明記されている。
| 産業 | AIに自動化されうる業務量の割合(米国、本文記載) |
|---|---|
| 事務・管理(Administrative) | 46%(最も高い部類として名指し) |
| 法務(Legal) | 44%(同上) |
| 建設(Construction) | 6%(低い部類として名指し) |
| メンテナンス(Maintenance) | 4%(最も低い部類として名指し) |
(表の数値はレポート本文中の記述をそのまま引用したもので、全産業の一覧ではなく、本文が名指しした最高・最低の例のみ。)
本文はさらに、欧州についても同様の分析(ISCO職業分類とEurostat Labor Force Survey・LFSを使用)を行い、「集計値・産業別分布ともに、米国と同程度の規模の推計になった」としている。「自動化に晒される」職業のうち大半は、業務量の25〜50%が置き換え可能という「部分的」な影響にとどまるという記述もあった(Exhibit 4の説明文)。
「O*NETの39種類」を現在のO*NET公式taxonomyと突き合わせると
レポート本文は「O*NETが定義する39種類の職務活動(work activities)のうち13種類をAI自動化に晒されるactivityとして分類した」としている。この「39種類」という数字を、O*NET Resource Centerの公式ページ(onetcenter.org/content.html)が今回(2026年8月)公開しているContent Model(分類体系)と突き合わせてみた。
現在のO*NET公式ページでは、最上位の「Work Activities」カテゴリーは**41変数(41 generalized work activities)**と記載されている(このほか下位に2,085件の"detailed work activities"がある3層構造)。レポートが使った「39種類」とは2件の差があることになる。これはO*NETの分類体系が2023年のレポート発表時点から現在までの間に更新された可能性、あるいはレポート側が独自の粒度で数え直した可能性の両方が考えられ、この記事の手元の情報だけでは、どちらが原因かを特定できない。「39」という数字自体は正確にレポート本文から引用したものだが、「今のO*NETと完全に一致する数字ではない」という点は、レポートを読む上での留保として付け加えておく。
推計手法の妥当性そのものは検証していない
まず、この記事はレポート原文に何が書かれているかを確認したものであり、レポートの推計手法や前提の妥当性そのものを検証したものではない。「3分の2の職が晒される」「4分の1の業務が代替されうる」という数字の算出方法(O*NET・ESCOデータベースの使用、13種類の職務活動の分類、難易度レベル4という閾値の設定)は本文から確認できたが、その分類・閾値の設定自体が妥当かどうか(なぜ13種類なのか、なぜレベル4なのか)を判断する材料は本文のこの部分には無く、この記事でも検証していない。全20ページのうち、この記事で目を通したのは主に1〜6ページ(要旨とThe Future of Work章の前半)で、後続のページ(AIの生産性への影響の詳細な試算過程など)は今回確認していない。
次に、このレポートは2023年3月という、生成AIの実用化がまだ初期段階だった時点のものである。それから2026年8月までの3年半で、実際の雇用がこの推計通りに動いているかどうかの答え合わせは、今回のセッションでは行っていない。
また、著者はGoldman Sachsのエコノミストであり、金融機関という立場からの経済分析であることは踏まえておく必要がある。他の調査機関・研究者による同種の推計との比較検証も、今回は行っていない。
最後に、「3億人」という数字が世界全体への外挿値であり、実際の各国の労働市場の制度的な違い(解雇規制、労働組合の強さ、社会保障制度など)を反映したものではない点も、レポート自身が明記している限定の範囲を超えて評価することは避ける。
関連記事
出典・参照資料
- 二次資料Global Economics Analyst — The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth(Joseph Briggs, Devesh Kodnani他、Goldman Sachs、2023年3月26日) ↗
- 二次資料Generative AI could raise global GDP by 7% — Goldman Sachs公式インサイト記事(2023年4月5日) ↗
- 一次資料New Frontiers: The Origins and Content of New Work, 1940–2018(David Autor, Caroline Chin, Anna M. Salomons, Bryan Seegmiller、NBER Working Paper 30389) ↗
- 二次資料The O*NET Content Model — O*NET Resource Center公式ページ(Work Activitiesの分類) ↗
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